メモ

避難所。

学習しましょう

今日、娘の障がい者手帳を受け取りに行ってきた。


一緒に行った娘が、緊張していた。
緊張して、おかしなテンションになっていた。
私も、緊張した。



私は、今、ひとりで家に帰ってきて、落ち着かないでいる。



たった昨年、学校からの報告だけでおさまらず
警察沙汰になった娘の問題行動。


そのとき転院した病院で言われた
「10年はかかると思って根気よく」という治療方針。


私の身持ちが悪い為にすることとなった現状を洗い出す作業で
出された結果。



私は、今、なんでここにいるのか、よく分からないような。
落ち着かなさを、やり過ごそうとしている。



初めて娘が学校でいじめられてきたとき。
私は娘の話を聞いて、娘がどうしたいのかを引き出し
それを後押しする事を必死にやった。


これはいじめだと、毅然と訴えたり避難する事よりも、その場で自分たちに向けて出来ることを探したのだ。
初手なら、それもありだったかもしれない。
だけど、現場は変わることなく、その場で出来ることを探すのも限界があった。


私は、限界を越えてしまうまで、その場で出来ることを探してしまう。



実家の事も同じだった。



どうして、学べないのか。




障がい者手帳を受け取った娘は、どこか高揚している。
自分が何者なのか、看板がかけられた安堵。
とても分かる。
私も欲しかった。



病院や申請を受けた県の審査が、客観的に娘の状況を弾き出したのだから
そうなんだなあーって、受け取るだけなのに。
私は、何か、あまりにありのままを提出して出された結果に、何もしなかったような焦りが湧いている気がする。



ない。ない。
ないんだよ。
やれたことなんて、なんもない。
私は、何もできなかったし、本当に無力で、どうにもしてやれなかった。
私が今ふんわりと思う普通の状態が、娘にとって簡単な事かどうかだって、娘の成長や回復次第で。私にできることなんて。本当にないのだ。




もうすぐ娘が帰ってくる。



今年の夏休みは、娘が小学校の頃から思い返して、初めての平和な夏休みだ。


あまりに慣れない。
何か見落としているから、平和に見えているのではないかと不安になる。


一日、大したことをしたわけでもないのに、あっというまに夜になってしまう。



何もできなかったなあ・・・と、こっそり涙を零しながら、毎晩眠っている

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