メモ

避難所。

とりいそぎ

嘘に対して、ひとつ手を打った。


娘の第一希望の学校の資料請求をした。





市の子供支援事業が、母子家庭が無料で利用できる放課後居場所を提供するというところに、申し込みをして今週頭から利用してみている。
そこを娘の天敵であるクラスメイトも利用していることがわかったが、事業者さんに相談したところ、相手が利用する日時が分かり次第、連絡をするから、避けてもらって良いとのこと。
正直、また娘が回避する側なのかと、苦いものが広がった。
でも、友達が欲しいと、勉強を教えて貰えたら助かると、娘が薄っすら望みを持ったのが分かったから、利用できて良かった。
初利用日の次の日。


「変な夢を見たんだよ。横になっている自分を、体格のいいスーツ着た大人の男の人が、様子を見にきた夢。」と、娘が言いに来た。


ママの男の知り合いって何人いるっけ?
死んじゃった大きいおじいちゃんは、ガリガリだったんだよね。
誰なんだろう?


どうにも気になるようで、私に思い当たる人物はいないかと食い下がる。



タロットやらオラクルやら占い系を嗜んできた私は、娘が模索しながら言う言葉を聞いていて、もしやと思った。


夢判断は、個人個人のイメージが辞書になるけど。
一般的にというか、大半の人が連想しやすいキーワードは沢山ある。
特別な思い入れが無いのならば、スーツやスーツを着た人物は「社会・社会人」
それが成人男性ならば「社会」かな。
悲しいかな、娘の世代でも社会の象徴はスーツの男性。


その男の人、怖かった?
夢の雰囲気そのものは、嫌な感じのもの?


「不思議なだけで、怖くなかったし嫌じゃなかったよ。」


じゃあ、昨日行った放課後の居場所事業所のことかもね。


私は、娘が夢の中で記憶を整理するとき、その場所を脅威ではないと認識しているんだと知って、少し嬉しかった。





あと、気になった求人の勤務場所の確認を2件していた。
時間帯や日数、年齢制限だけでも、かなり見つからない状態なのに、これならと思う求人があっても通勤が無理というパターンが続いている。



もうひとつ。


娘の心境を、見たくないと足掻いてしまう自分。
良くないと言われても、なんなら自分でも分かっていても、病み系を漁る作業がやめたくないやめられない娘。


放って置けという主治医。
いっそ、一緒にどっぷりつかっちゃえばと言う友人。
甘えだよねーいい加減気が付いて欲しいという妹。



私は、どれが正しいのかわからない。
けど、放っておくと、私の目に映ることで私が苦しい。
気付いて欲しいと足掻きがちな私は、これ以上うるさくならないようにしなきゃと必死。



どっぷり浸かるというのは、その行為そのものに嫌悪感がある自分にとって、やっぱり意に添わない行動になる。


が。


ずーっと、思っていたことがあって。


馬鹿みたいに配られるイジメアンケート。
被害者へのケアを促進しましょうとか、自殺予防だとかのチラシ。


こういう系のフライヤーって、その用紙を手に持って、コチャコチャ書いてる文章読まなきゃ、何のチラシなのかわからないことが多い。見出しでさえ、目を引かない。


余白が気になるのか、どうでもよさげなハートや、子供同士が手をつないでいる単純なイラストが添えてあったりするけど。


違うんだよなあって…


自殺予防の為にその支援を利用してもらいたい人。
イジメやら家庭の事情がこんがらがって、居場所が無いと苦しんでいる子供。
彼らは、そのチラシを手に取る機会が無いよ。
だって、そんな気力もないし。
そういうのが置かれいている場所に、出向いたりできない。


例えば、そのチラシが目の前にあったとして、自分に関係があると思えるか。
思えないんだよ。
和やかでどうでもよさげなイラストが添えられた、長い文章で書かれた内容は、きっと自分に関係が無いと思ってしまう。


だからっていうわけじゃないんだけど。
娘のアングラ路線に悩まされて苦しんでいる私ですけど、これでもサバイバー。


娘は胸がふさがるようなイラストを描いては、私に見せに来るんですよ。
それを、どうしても好ましく思えない私は、せめて同じ絵を描く人間としての目線で語ろうと、頑張って感想をひねり出しています。
それでも娘が見せたい衝動を我慢できないのは、きっと分かってもらいたいという気持ちが込められているからだと思って、私も足掻いているのですが。


娘の「分かってもらいたい」を代弁する気持ちで私がイラストを描いて、それを有料でダウンロードして貰えるサイトに登録してみようかなって思った。


こころの支援を申し出る人が、もし、チラシのカットに使ってくれたりしたら。
きっと、娘のような怒りと悲しみをどうしていいか分からないまま蹲る人が見たら、自分のことかもしれないと、感じられる切っ掛けになるんじゃないのかなあ。


支援って、支援する側が与えたいと思うものをイメージして打ち出すよね。
だけど、それを自分が手に取ってもいいのかどうか。
私や彼女たちは、それが分からないんです。
自分に関係がないと思ってしまう。


「ザ・支援!」みたいな強さや、「大丈夫よ~」みたいなピヨピヨ感じゃ目に留まらない。
手に取って欲しい人サイドを連想させる痛々しいものなら、自分との関連性から手に取らずにいられない。タグや検索で自分の心情を無限に集めてうずもれていく人たちだもの。



ただ、私が打ちのめされてしまう可能性があるから、とりあえず数を決めて描いてみて、どうでもいいから誰か使って~と、垂れ流してみたい。




今日はこれから役所か図書館。
少し調べたい事もある。

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