メモ

避難所。

夜のお散歩

昨晩は子供と二人で、夜のお散歩に繰り出しました。
家にいると、いつお呼びがかかるか分からないので
あたしも子供も、どこか息をひそめて何かしら作業をしています。
夜は子供を寝かせるまでの作業があるので、比較的呼び出されることが少ない。


ぐるっと歩いて1時間から1時間半。
子供が吐き出さないとパンクしそうだと感じる時は勿論。
嬉しい事があった時も、いらない閉塞感から抜け出して、嬉しかったことだけを
報告できるように、家を出ます。



あたしの子供は、今年中学2年生になる女の子です。


昨日は春休み中の出校日で、クラス替え発表があったのです。


この1年間、クラスでの人間関係は
親であるあたしも担任の先生も認める大変さでした。


なので、昨日帰宅した娘が笑顔で部屋に飛び込んできたとき。
「どうだった?!」
「セーフ!面倒な子とは全員離れられた!仲良い子も数人入ってきた!」
ハイタッチ☆イエーッ!


お散歩中に、いろいろと先の不安も交えながら詳しく報告してくれたのを聞きながら。
それでも・・・ホントよく頑張ってきたなーって。娘と手をつなぎました。








先の日記にチラッと書きましたが。
娘はこの実家に来て、膠原病になりました。
原因不明とはいうものの、主治医にお家で大きくストレスがかかっていそうな面ありませんかねと、何度も聞かれましたね。心当たりしかない。


父は、あたしが結婚前より自分の意思で動くことに不満を言って。
何かと孫である娘に難癖をつけていました。


育ち方が悪い。
躾がなっていない。
優しくない。
思いやりが無い。
悪い子だ。
母親がちゃんとしていないからだ。


・・・実家の外で二人暮らしをしてきて。
あたしはそんなこと言われたこと一度も無かったんです。
そりゃあ、フルタイムで働きながらワンオペで子育てですから、保育園のお迎えはよく滑り込みになっていたし。裕福とは言えなかったのでおんぼろアパートは寒くて、冬は室内でもコートを脱げなかったりしたけど。


近所の方や保育園の先生、あたしの職場の同僚。
みんな娘を「明るくて可愛くて優しいこだね」そう言ってくれた。


保育園の年長さんになって、自我の芽生えが目に見えるようになってきたときも
先生は、これまでの娘が穏やか過ぎた分、今まで譲ってもらってあたりまえだった周りの子からみると「意地悪になった」と感じると教えてくれた。みんなにはちゃんとお話ししますから。大丈夫です。そう言って貰えて。
いろんな人が、沢山声をかけてくれて。笑いかけてくれて。


娘がなんでも一緒にやりたがってくれたから、包丁を使いたがったりするのも早くて。
気が付いたら、遊びの延長でお手伝いもするようになって。むしろ得意気。


普通にイヤイヤするし、内弁慶だし割とガンコで、お調子者。
特別、突出したものこそないけれど。
人見知りしないで、人が大好き。人の姿を見れば、自分から声をかけに行きたがる。
あたしには自慢の娘。



引っ越しが決まった時、挨拶くらいしかしたことが無い
近所のおばあさんが言ってくれた。
「あなたたち、いつも一緒に歩いてたじゃない?歌ったりしながら。
 楽しそうで、そういう親子って、見ていて嬉しい気持ちになるものなのよね」



あたしは独身時代、人との距離感が相当下手で。
とにかく人付き合いに苦手意識が強かったんだけど。
今思えば、周囲の人に意識が集中している気負いが伝わっていたんじゃないかと思う。


娘と一緒に歩いていると、自然と娘に意識が集中して・・・
ただの・・・忙しそうだけどご機嫌なお母さんでいられたんだろう。


とにかく、いろんな人から声をかけられたり、物を貰ったり。
娘と一緒に出歩いていると、人から好意を示されることが多かった。



でも、実家では真逆の評価が下された。



自分勝手だ。
図々しい。



父は、孫である娘に毎日「ここはジイジの家だ。忘れるな」と
「自分が目下の立場だって教える必要がある!」と


たった一人の孫を相手に、家族全員にお菓子を配って見せて
娘にだけ渡さないようなことを儀式的にやってしまう。
長男夫婦に子供が出来ると、娘に向かって「おまえは外孫だからもういらない」と
心底楽しそうに、娘に向かって言うのです。
あたしは理解できない言動に意義申し立てする毎日だったけど。
力及ばず、娘は病気にまでなってしまったんですね。


父は、きっとハラハラしていたんでしょう。
自分の機嫌を取る事が仕事みたいだったあたしを迎え入れたのに
期待していたものが、子供に集中しているのを見て。


外界では好ましく見られたそれが、父には面白くなかった。
自分の取り巻きを、孫に取られたくらいの気持ちがあったのかもしれません。
彼もまた、寂しい人間であって、何よりあたまおかしい。


あたしと親の歪んだ関係に巻き込んでしまったことが、あたしの最大の罪だと。
娘には、もう平謝りする所存です。許さなくていい。ホントに。メッチャ怒れ。
助けてとか言われてココに飛び込むとかアホかと捨てて、自分の人生を謳歌して。
母ちゃんはそれを寂しいと感じてしまう自分勝手な人間だけど、同時に喜ぶこともできるから。オプションで、自責の念が和らぐから。そっちの方が戦果は大きいから。是非蹴っ飛ばして走っていけ。





そんな背景があっての小学校生活。


自宅での歪んだ認識が、娘を委縮させました。
真面目で理不尽な事が許せない。正しい事に固執するようになって。
リトルギャングを敵に回しました。


娘の小学校生活は、散々なものでした。
嘘をついて親や先生を盾にするクラスメイトに、真っ向から正論たたきつけるから。
せっかく仲良くしていた子も、意図的に敵軍に連行され続け。
呼び出されては「仲良くできるかも」と誘いに応じた先でイジメられ。
自転車は隠されるわ、娘が虐めるから学校に行きたくないとか偽通報はされまくるわ。
先生も人間。保護者も人の子。大人は踊らされっぱなし。
文句をつけて当然という姿勢で、学校側から、保護者の集団から、子供たちから
頻繁に連絡が入りました。
あたしはそれに対して、できるだけ事実確認と本人同士の話し合いを実現するため
アポ取りを試みていました。事実確認がとれたものは、撃退できたけど、もう全体がこのゲームを抜けられない感じがしていて。


5年生の段階で、収拾がつかない・・・子供同士・・・ではなく
学校の先生、保護者含むクラス全体を相手に、娘は孤立してしまったんです。


あたしは、娘の吐き出しを受け止める事と、捉え方の歪みをほぐす作業に必死でした。
学校行かないで、お家でママと勉強してみるかと時々提案して・・・
娘が行きたくないと言い出すまで相当時間がかかりました。
これも正しい事をしたいという、実家を体感して生まれた反骨精神だったように思います。


3人の顔見知りが、娘を訪ねてきた日。
お金を貸しているのに返してくれないから困っている。と訴えられました。


この時、あたしはなんだか、脱力してしまいました。
その子たちも可愛そうに思えて。
玄関先の階段に座って、丁寧に時系列での事情を聴いて、その子たちの言い分と、心境を引っ張り出してみました。


相手は子供だから。
実はあたしが、その苦しさを一番懐かしんで引き寄せたがっている。


話したくないはずがないのですよ。
仲間内で偽装だの隠ぺい作業なんて、解散したとたん不安になるし。
怒られないで済むなら、楽になりたいし。


これだけ漠然とした大きな規模で、誰かをターゲットにしている状態なんて。
末端の関係者は「なんとなく」でしか動いてないんです。


なんとなく、仲間でいることに安心したいのに不安で
良く分からないけどやめるわけにいかない。
おばちゃん、メッチャわかるよそれ。知ってるヤツ。(遠い目



事の真相は、まだその子たちと普通に遊んでいた1年前。
みんなで駄菓子屋に行った時、娘はお小遣いを持ち合わせていなかった為
自分は買わないで待っているといったんだそうです。
それを、訴えに来た3人のうちの一人が、なんだか可愛そうに感じて
多目に買ったおやつを、一緒に食べてくれたんだそうで。


その時、娘が「お小遣いある時に、100円返す」と言ったらしい。
その時はいいよいいよと笑って終わったんだけど。


今この状況で、ネタに出来そうなものとして浮上した。ということでした。




あたしはねー。
もうねー。
なんて言っていいか分かんなかったけど。
誘導されるままに、ネタばらしちゃったとビビる子たちが
ただ哀れに感じてねー。


お金のやりとりは、学校にも親にも怒られる。
自分たちも悪かった。だから言わないで。
でも100円返してもらってきなよって言ってる友達に
行ってきたの報告しないと駄目だから、100円返して欲しい。
そうお願いされて。



娘に話してみて、そういうことあったなって納得したら、本人から返させます。
学校とかお母さんたちには言わないから。大丈夫。


そこから敵側からみた、娘の状況を聞かせて貰えた。




この事で、あたしは自分の手には負えないと、思い知らされた。
これまでの経過で、家庭内での理解を得られない中
あたしも娘も相当疲弊してしまっていて、外部へ助けを求めることになった。
然るべき場所に相談をして。学校側に事態の深刻さを叩きつけて。


全面戦争。


一時的に娘は公認登校拒否日を作り。
あたしは帰省してきた弟夫婦と父(いらないことを言いそうで不安があったが)を
引き連れて学校に乗り込んだ。


これは友人の身内に学校関係の仕事をしている人が居て
相談に乗ってくれていたのですが。
母親一人で行くよりも、保護者仲間でもいいから人数揃えて、できれば男性を入れた方が効果があると助言してくれたので。サイテーか!と憤りながら揃えてみた。



結果、大人たちはヤバイと勢いを失った。
6年生に上がる時、異例の担任変更があった。


子供たちは不審を感じたものの、娘の立ち位置を変えようとしなかった。


それでも、事の事態を踏まえて配置された先生が、娘の底上げと
周囲の子供たちの不安を汲みながら走り回ってくれた。


娘は、されるがままの木偶の坊から、反撃をするヒノキの棒に変化を遂げた。
結局一人ぽっちな娘だったけど。これまでの反動から、娘は勢いあまることが目立って、空気のように扱うことが無理になったのだ。
学校では担任の先生が、家ではあたしが、娘を受け止めて。
なんとか卒業式の当日、生徒に踊らされて娘を保健室にいれないという
馬鹿な遊びをしていた教員と、娘を対峙する場所を設け。
遠回しな謝罪を受け取った娘が「じゃあ、解決したということで」と。



そうやって中学へ上がったものだから。
小学校からのメンバーで上がった中学は、子供たちのカースト制度が
そのまま敷かれていて。


娘の前で担任の先生と対策を話し合って見せて。
とにかく担任が味方だと、信じて頼ってもらえるまで長い時間がかかった。



娘はよーく頑張った。



学校に行くと冷や汗が止まらなくて、何度迎えに走ったか分からない。
1学期の後半は全滅だった。あたしも、迎えに行って娘がホッとした顔を見ると安心した。無理に学校に行かない日もあった。そういう日は、一緒に教科書を開いたり、お菓子を作ったり、絵を描いたり、ゲームをやった。それでも、県外に進学という希望がある娘は、授業に置いて行かれることが困ると、学校に行く姿勢を持ち返した。
それと同時に周囲は大人になってきて、自分に不利益なゲームから離脱する子も出てきた。


毎日一緒に登校する子。


係の仕事手伝ってよと気軽に声をかけてくる子。


目についた人に、大した思いもなくかけられる「ばいばーい」という声。



娘にとって、それは納得のいくものではない。
自分をあれだけ追い詰めた。
今だって小学校での事を噂されて。
そんな集団を相手に、謝罪もなく、自分が譲らなければ平穏が保てない。


でも、絵を描くことが好きな娘は学校の行事で、ポスターのコンテストに選ばれたり。
本を読むことが好きな娘に、国語の先生が創作作文の出品を勧めてくれたり。


ぽつぽつと、自分が出来ることを頸木にして、学校に存在を知らしめて。



2年生に上がる今、娘は担任の先生に相談をすることが出来る。
他の学年にも、好きな先生が一人二人できた。


学年を取っ払って、気楽に話せる先輩も出来た。
同学年でも、自分と同じように辛い思いをしている人を助けようとした。
今でも東京に住めるなら全部捨てて転校したいとは言うものの。
学校の中が、一括りでなくなった。


もう、娘はホント頑張りすぎたくらいだ。




学区外にいる、あたしの友人の子供の様子を聞くと
自分たちの学区が、地獄かと思うくらい別世界と感じる。


地元の子供たちは、みんな苦しいだろうなと思う。


小学校の頃から、人付き合いが苦手な印象があったクラスメイトの子は
周囲の動きにもれず一時期、娘をターゲットにした祭に参加していた。


だけど、その子中学になって学校に来られなくなってしまっていて。
1年間、娘がお手紙を運んでいた。
2年生になるときのクラス編成で、娘と一緒のクラスなら頑張って行けるかもしれない。
そう学校側に伝えていたんだそうで。


その子も一緒のクラスになってたと、笑った娘が本当に誇らしくて。



まだまだ、いろんなことはあるし。
勉強も随分遅れてしまって、本人がイライラしてるし。
仲良くできるかどうかの見極めも、かなり甘くてハラハラするし。


それでも、娘、凄いなと。
眩しいぜって。
自慢の娘だわーって。
話ながらの散歩中。



昨日の日記に書いた、種がまかれた環境と、それに対する考え方。
感じる思いによって進化の方向性が違う事を話してみたら。


自分は亜種なんだねー。
だからみんなと違うのか。って。


自分は家も学校もメチャクチャだけど、だからっていうのもあって
ママと一緒にいる時間長い。いろんなこと一緒にやるのも多い。
そこも他の子と絶対違う。



みんなが持ってないスキル。って。




うちの亜種ちゃんは・・・変則的な動きをしながらも
日向に向かっているんだな。


綿毛になって飛び立つときが楽しみだよ。



ながーいながーい嬉しい夜でした。





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