メモ

避難所。

過去と現在と未来と

ここ数日。
娘が、放課後フリースクールに行くようになった。



娘がいない数時間、何をすればいいのか、ご飯作りながら訳が分からない心境。
本も読めない、ゲームもやれない、絵も描けない。
ずーっと、やりたいのにできないと思っていたけど、こんな隙間時間が出来ても、できない。カラッポだ。


文章も。
ずっと自分の頭の中を吐き出すことも出来なかった。
今、なんとなくブログを思い出して、よくわからんけどと打ち込み始めた。



わかってはいるんですよ。
自分個人規模のことを出来ない状況がよろしくないってのは。
だから無理矢理ぽちぽち。






ずーっと娘に向き合おうと必死。


病院が変わって、薬が変わって、学校に行かなくなって環境も変わって。
毎日毎日、朝から晩まで。
いやいや、一緒に布団に入ってきたから朝から朝まで。


ずーっと、娘。



娘がネットでやらかして、危険を察知した私が止めに入って、それに抗おうと娘が暴れて警察沙汰になったの…昨年の夏か。まだ1年もたってないのか。そうか。



あの「大変だ!」ピークに比べたら、波はあれども穏やかな日常なんだよなあ。
それでも、私はハラハラして、ギリギリと歯噛みしている。



現在の娘をみていて、どうしてと顔を覆いたくなる言動に対処することが、とても難しい。私自身も、何かしらを選んだり決めたりすることが困難な状態だから余計なのだ。





私は、実家にいた時から、精神的衰弱が激しくて。
実家の空気と、主に父親を相手に戦っていたから。
なんで戦うのかと聞かれれば、それが「良くない」と身をもって知っているから。
その良く無いものに、娘が巻き込まれるのは望ましくないと知っていたから。


だけど、今、娘の状態が思うように上向かない毎日に、しょんぼりクタクタ生活しながらも、激戦地であった実家でのことを思い返すと、私は友人に娘の愚痴を吐いた自分を恥ずかしく思う。



あの激戦地で、私は娘を守らなければと、敵に立ち向かうことに多大な労力を費やしまくっていた。娘と二人の時間は、なんでも一緒に過ごしてきたけど。それでも比重は圧倒的に実家に偏っていて。それで疲弊した私が精神科に通ったり、寝込んだりすることで削ることになったのは、娘と向き合う時間の方だったんだな。と。


私は今、その時の分も、取り返そうとしている娘に向き合おうと踏ん張っているんじゃないかな。



上手くなんかできないけど、今、こうしてハラハラギリギリ、娘に向き合うことで、少しでも取り戻せたらいいんだけど。



未来が全く想像できなくて。



それでも、もう一回過去を思い出す。
実家にいた頃を思い出す。


たった今現在。
あんなわけのわからない環境にいない。
だから、上等。



どんな手段でも、実家から逃げ出せたなら、野垂れ死んでも自分の人生花丸をあげるって。



だから、私の未来がどんなでも、もう上等。



私が何もできなくなる前に、娘がなんとか自立できるように。


早く、とびたて。





母ちゃんの未来は、もうそんなに遠くないんだぜ。

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